東亜同文書院

今、出張先の上海でこのブログを書いています。

『東亜同文書院』は、1901年に中国・上海に設立された日本人のための高等教育機関です。日中の架け橋となり中国大陸で活躍できる人材を育成するために、中国語と商業実務を中心としたカリキュラムが組まれていました。また、「大旅行」と呼ばれる学生による調査旅行が敢行され、中国本土から東南アジアにまで及ぶ詳細な地域情報収集も行われていました。下の写真は虹橋路にあった校舎ですが、1945年の敗戦に伴って廃校となりました。

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さて、何故このような話を書いているかと言いますと、実はある意味この学校が当社の「生みの親」でもあるからなのです。三昌商事のルーツが天津にあることは昨年7/4付社長ブログ「天津紀行~三昌のルーツを求めて~」にも書きましたが、その中でも触れたように、この学校の卒業生3名が「三人それぞれに繁昌して、いつか一つの大きな会社にしよう」という思いを込めて、それぞれが天津・上海・漢口(現在の武漢)に設立した『三昌洋行』が当社のルーツに当たります。従い、この学校が無ければ当社も存在しなかったかもしれないのです。因みに、東亜同文書院を卒業して天津の三昌洋行を興した岡本久雄氏は私の祖父の親戚に当たるそうです。

今では、どこに校舎があったかも分かりません。しかし、当社の上海オフィスで中国人スタッフと日本人スタッフが力を併せて仕事に取り組んでいる姿を見ると、「中国と日本の架け橋たらん」とした建学の精神だけは当社のどこかに息づいているような気がします。
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