MANHUNT

“MANHUNT” – 直訳すると「人狩り」、即ち「犯人を捜索・追跡すること」を意味します。

先日ボストン・マラソンの会場で起きた爆弾テロ事件は、数日間に亘る壮絶な追跡劇(=“MANHUNT”)の結果、容疑者の1名は射殺、もう1名は拘束されました。防犯カメラに映った容疑者の画像が事件発生後わずか2日でネット上に公開され、全ての交通機関をストップして厳戒状態となったボストンで追跡劇が展開されるというそのスピード感には、ただただ圧倒されるばかりでした。
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さて、今回の事件から遡ること約150年前(1865年)、同じアメリカで同様の”MANHUNT”が展開されていたことをご存知でしょうか?右写真「マンハント~リンカーン暗殺犯を追った12日間~」は、リンカーン暗殺犯ジョン・ウィルクス・ブースの追跡劇を追ったノンフィクションです。通信手段は電信、交通機関は馬と鉄道しかなかった時代に、事件発生数時間後には犯人捜索の指令電報が全米に発信されて”MANHUNT”が開始されていた事実には驚くばかりです。事件発生翌日には現場から半径数十キロ圏内に捜索隊があふれ、暗殺犯は昼間に行動することができなかったとのこと。今日とほとんど変わらないスピード感ですね。

今回のテロ事件の背景が何であるかは今後の調査結果を待つしかありませんが、リンカーン大統領暗殺犯は「南部の正義」を純粋に信じ、それを潰そうとしたリンカーン大統領を倒すことが正しいことであると確信していたそうです。しかし、正義の有無はともかく、結果としては全く逆の効果を生み出してしまいました。リンカーン大統領暗殺は北部人の南部人に対する激しい復讐心を呼び起こし、南北戦争後の戦後処理を苛烈なものにしてしまったため、南部の復興は大幅に遅れることとなりました。これは現代のテロ事件に通ずるものがあります。テロは復讐心を呼び、復讐心はテロを呼ぶ。いかなる正義もこの悪循環を正当化することはできない、と私は考えます。

さて、待ちに待った映画「リンカーン」が封切られました。南北戦争終結を目前に控えた1865年初頭、奴隷制撤廃を法的に確定させるべく苦闘するリンカーン大統領の姿を描いた作品で、細部まで史実にこだわった作りは「さすがスピルバーグ監督!」と唸らせるものがあります(それをどこまで日本の観客が理解してくれるかは疑問ですが…)。そこで描き出されたリンカーン像は、常に高い理想を掲げながら、あくまでも現実主義者であった人、です。映画の中に、極端な理想主義に走る議会内過激派を、「ゴールは同じでも、真っすぐそこへ向かって歩けないこともある。回り道をしてでもゴールにたどり着ければ良いではないか。」と諭すシーンがあります。先のテロ事件も同じです。いかに高い理想を掲げても、それを達成する手段を間違えてしまうと、結局は現実から遠ざかってしまう。「理想はどこまでも高く、手段はあくまでも現実的に」-これが私のモットーです。
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