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三昌商事のルーツを辿る(第1回)

三昌商事の設立は昭和16年(1941年)ですので、来年(2015年)に75年目を迎えます(決算も平成27年度が第75期となります)。一方、当社の前身である三昌洋行の創業は大正5年(1916年)ですので、来年は創業100周年となります。これを機に、「三昌商事のルーツを辿る」と題した社長ブログで、当社の歴史を一つ一つひも解いて行きたいと思います。多分、長くなりそうなので、今回はその第1回。

三昌洋行の創業者である岡本久雄氏は明治19年(1886年)に広島県で生まれました。同氏は明治39年(1906年)に中国・上海へ渡り、県給費生として東亜同文書院で中国語とビジネスの基礎を学びました。今回は、この『東亜同文書院』のお話です。

東亜同文書院は、近衛篤麿(近衛文麿の父)が率いる『東亜同文会(日中間の教育文化交流を目指すアジア主義的民間外交団体)』により、明治33年(1900年)、日中間の貿易実務者を養成するビジネス・スクールとして中国・上海に設立されました。同氏はその第6期生となりますが、当時は上海市南郊の高昌廟桂墅里に校舎があったそうです。その後、校舎は上海市郊外を転々とし、長らく上海市西郊の徐家匯虹橋路の立派な校舎を使用していましたが、上海事変の戦火で焼失し、敗戦により昭和21年(1946年)に閉校となりました。

そして、中国から引き揚げて来た同書院関係者が、同書院の在校生(及び、旧京城帝国大学生や旧台北帝国大学生をも含む)を受け入れるために愛知県豊橋市に設立したのが愛知大学です。同大学の設立は昭和21年(1946年)ですので、来年は設立70周年となりますね。

さて、同大学の豊橋キャンパス構内にある『東亜同文書院大学記念センター』を訪問して来ました。下左写真がセンター外観で、下右写真が収蔵資料図録。小さい展示室でしたが、同書院に関する資料が系統的に残されているのは同センターしかありません(戦後、同書院関係者が苦労して卒業生の名簿や成績簿を日本まで持ち帰ったそうです)。名簿の閲覧は出来ませんでしたが、岡本久雄氏の名前と成績も残されているのでしょう。

あともう一つ、中国語を本格的に学んだ方は愛知大学編纂による「中日大辞典」をご存じではないでしょうか。これは同書院が編纂活動を始めたものを愛知大学が一大事業として引き継いで完成させたものだそうです。ここにも歴史の繋がりを感じますね。

次回は中国・天津における三昌洋行の創業に話を進めます。

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Author:SANSHO SHOJI
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