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三昌商事のルーツを辿る(第7回)

1998年に5千万円の第三者割当増資を実施して、当社の資本金は2億円となりました。あとは上場を待つのみだったのですが、残念ながら上場の夢を果たすことはできませんでした。その理由は明確な書類としては残されていませんが、多分当社の「成長性」に疑問符が付いたからではないかと推測します。新規上場株を買う投資家の大半は、上場直後の「値上がり益」を期待しているものです。大手企業の新規上場であれば上場時の株価設定に割安感を持たせることによって目前の値上がり期待を煽ることができますが、当社レベルの中小企業となると将来飛躍的に売上が伸びるような成長余力が無いと投資家には魅力的に見えません。ベンチャー企業のように「夢」を抱かせるような何かが欠けていたのだと思います。

事実、増資の翌年である1999年度決算では売上高が前年度比12%減に落ち込んでいます。

しかし、その後の2000/2001年度は北米で巻き起こった「ITバブル」の恩恵を受けて、光通信機器用の化合物半導体やセラミックパッケージの販売が大幅に伸び、売上高は前年度比24%増、更には同16%増と急速な伸びを見せます。この時に上場していれば…とも思わないではありませんが、好事魔多し、ITバブルは2001年にはじけ、当社の売上高も2002年度は前年度比34%減という未曽有の落ち込みに見舞われます。

そんな中、2001年12月15日に第二代社長であった髙橋昭一が永眠します(社長在任は1980-95年、永眠時は代表取締役会長)。以前よりガンによる入退院を繰り返していたのですが、上場という「夢」を果たせぬまま73年間の人生の幕を閉じました。

この2001年という年は、ITバブル崩壊、”9.11”のアメリカ同時多発テロ、そして髙橋会長の死去と、当社にとっては屋台骨を揺るがしかねない出来事が続きました。この苦しい時代を、第三代社長の沖照之(在任1996-2002年)、第四代社長の中澤義征(在任2003-2007年)の下で、当社は乗り越えて行くこととなります。

次回は、21世紀を迎えた当社が、どのように「苦しい時代」を乗り越えて行ったかについてお話しします。
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Author:SANSHO SHOJI
三昌商事の社長ブログ

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